2007年4月28日

埴原神社での営業

 中山の埴原神社(←はいばら…と読みます)の春祭りにお呼ばれして演奏してまいりました。
 この日は急ごしらえのバンド「香&フレンズ」で、メンバーは
  香さん(Vocal)
  深瀬くん(Keyboard)
  ドン中田氏(Bass)
  私(Drums)
の4人編成。演奏曲目が主にジャズだったことを考え併せると、カルテットと言った方が良いのかも知れません。

 埴原神社境内に作られたステージ(写真参照)に、各々持ち込んだ楽器をセッティングしてみると、何だかハイハットを踏む度にステージが揺れる!(笑)
 こういった急拵えのステージでは仕方ないのでしょうが、以前、揺れるステージでシンバルスタンドが倒れた経験を持つ私には、チト心配ではありました…。

 神事が終わった夜7時半、ほぼ予定通り演奏を開始。演目は、先にも述べたようにジャズが主なのですが、4ビートを最も苦手とするこの私のこと、ジャズ…と言うより「なんちゃってジャズ」になってしまったことは言うまでもありません(苦笑)。
 誰もが知っている「Take The "A" Train」は、ややウケで、その後の「酒バラ」はザワつき気味、私等なりにアレンジした「Apple J.C.(りんご追分)」はお父さん達に大ウケで、「Feel Like Makin' Love」は演奏者側が楽しんでしまった感じでした。

 ステージは約40分。その他に「Lullaby of Birdland」「But Beautiful」「Black Coffe」等全9曲を演奏しました。

 それにしてもキーボーの深瀬くん、20代中盤の年齢とは思えないほどのアグレッシヴな演奏で、50を超えたバックを見事に引っ張ってくれました。いやはや、彼が私等の年代になる頃には「いったいどうなってるんでしょ!」ほんと空恐ろしいですね、早いトコ潰しとかないと(笑)。いやいや、ホントはじつに楽しみなのです。・・・って、その頃まで私が生きていられるかどうか…は疑問ですが(苦笑)。

 シンバルスタンドが倒れることも無く、無事演奏を終え、その後は地元「中山太鼓連」がステージに上がりました。強烈な太鼓の音に、片付け始めた私のドラムセットが、まるで「もっと叩かれたいよ〜!」とでも言っているように共鳴してましたっけ。

 ステージでのラストイベントは、お決まりのビンゴ大会。

 ところが、このビンゴ大会、普通のビンゴぢゃなかったんですね。なにしろ、司会者のトークが観客(特に子供たち)の心を鷲掴みにしちゃってるんですから!
 中でも、2等の賞品「食器乾燥器」をゲットした女の子に言った「おママゴトで使ってね♪」には、バンドメンバーどころか、集まった観客一同大爆笑でした。

 あ〜、何だか村のお祭りって良いですね! この雰囲気、他では味わえませんわ。ホント。
 演奏はボロボロでしたが、楽しい晩でした。ありがとうございました!

*因みに、上の写真はカミさんが携帯で撮影したものです。撮影の設定が不十分で、こんなヘボな画像しかありません…m(__)m

投稿者 百 : 09:58 | Live | コメント (0) | -

2007年4月7日

成毛滋氏 死去

 60年代から70年代にかけて日本のロックシーンをリードして来たギタリストの成毛滋(なるもしげる)氏が3月29日、大腸ガンのため死去した…との報道がされました。

 成毛滋氏と言えば、日本のロックの幕開けを語る上で「なくてはならない」重要なギタリストで。1966年の「勝ち抜きエレキ合戦」では19才でグランドチャンピオンとなり、その「歴代グランド・チャンピオン大会」でも優勝した実力派ギタリストだったのです。

 1971年、つのだ☆ひろ氏と組んだ“ストロベリーパス”では唯一のアルバム「大鳥が地球にやってきた日」を発売。アルバム収録曲の「メリー・ジェーン」が後に大ヒットすることに。

 その後、当時高校生であった高中正義氏をベーシストとして迎え、つのだ☆ひろ氏との3ピースバンド“フライドエッグ”では「ドクター・シーゲルのフライド・エッグ・マシーン」と「グッバイ フライド・エッグ」の2枚を残して解散してしまいますが、上記のアルバムに収録されたサウンドは、西洋のロックを真似るだけでなく、「日本人でもこれだけ出来るんだ」という成毛氏の意地?を世に示した“日本ロック黎明期”を飾る名盤と言えます。

 私も、高校生だった当時、この3枚のアルバムを聴き漁ったものです。

 成毛滋氏と言えば、もう一つ忘れてならないのは、富士弦楽器(現:グレコ)のCMに登場するのと同寺に、同社のギター製作にも携わった事で、氏の「こだわり」により日本人の手に合うように設計された「成毛滋モデル(レスポールモデル)」は当時好評を博しました。

 ここ数十年、成毛滋氏の噂を全く聞かなかったのですが、まさか60歳という若さで逝ってしまうとは思いもよりませんでした。
 今ごろ、先に逝ってしまった伝説のギタリスト“ジミ・ヘンドリックス”氏や、“デュアン・オールマン”氏などと、楽しく語っていることでしょう。

 心からご冥福を申し上げます。

投稿者 百 : 10:28 | News | コメント (1) | -

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