「ギター小僧」の項で「私は洋楽の洪水の渦中に投げ出され」と書きましたが、まさにこの当時、ラジオは洋楽一色でした…と言うとオーバーですが、洋楽のポップスやロックが数多く流されていました。
モンキーズやビージーズに代表されるようなポップス系のものや、ビートルズやローリング・ストーンズに代表されるロック等が、ソレですね。ちょっと、その年毎のヒット曲の例を挙げてみましょうか。*曲名をクリックすると、MIDIデータで曲の雰囲気が解ります。
- [1967]
- ♪ハートに火を付けて/ドアーズ
- ♪青い影/プロコルハルム
- ♪ダンス天国/ウォーカー・ブラザース
- ♪ハッピートゥゲザー/タートルズ
- ♪恋はリズムにのせて/アンディ・ウィリアムス
- ♪ジョージー・ガール/シーカーズ
- ♪グルーヴィン/ヤング・ラスカルズ
- ♪モンキーズのテーマ/モンキーズ *10月からTV放送開始
- [1968]
- ♪ジャンピン・ジャック・フラッシュ/ローリングストーンズ
- ♪サウンド・オブ・サイレンス/サイモンとガーファンクル
- ♪デイドリーム/モンキーズ
- ♪マサチューセッツ/ビー・ジーズ
- ♪西暦2525年/ゼーガーとエヴァンス
- ♪ヘイ・ジュード/ビートルズ
- ♪ワイルドで行こう/ステッペンウルフ
- *翌年の映画「イージーライダー」の挿入歌に
- [1969]
- ♪タッチ・ミー/ドアーズ
- ♪幸せの朝/クリフリチャード
- ♪ホワイト・ルーム/クリーム
- ♪シュガー・シュガー/アーチーズ
- ♪ふたりのシーズン/ゾンビーズ
- ♪ヴィーナス/ショッキング・ブルー
- ♪カム・トゥゲザー/ビートルズ
- ♪ゲット・バック/ビートルズ
- ♪ジョンとヨーコのバラード/ビートルズ

いや〜、思い出すだけでゾクゾクしてしまうほど、名曲が多く発表された時代だったんですね〜!
おかしな話ですが、当時学校では「マイ音楽ランキング」なるもの…が流行ってました。音楽好きの何人かが、それぞれノートや紙片に、自分の好きな曲をランキング付けして書いたものがソレです。
たぶん、当時ニッポン放送系で日曜の昼間放送していた「オールジャパン・ポップ20」的なものを、誰とも知れず始めたのでしょうね。仲間内は皆、その「オールジャパン・ポップ20」のランキングを確認し合うほど、熱狂聴者でしたから(笑)。因みに、この番組のパーソナリティは、今をときめく「みのもんた」氏でした。
その「マイ音楽ランキング」は、毎日のように自分で更新して、やれ「赤丸急上昇」だ「2ランクダウン」だなどと、見せ合って楽しんでいました。それは授業中にまで及んでいましたね。
そのうちに、まだ誰も知らない曲を探して来ては、そのランキングに加えたり…と徐々にエスカレートし、もう寝る間も惜しんで、ラジオの深夜番組にまでカジリ付くようになってしまいました。まぁ、このお陰(?)で、深夜番組の虜になる事が出来たんですけど。。。(苦笑)
深夜番組と言えば、FM放送が無かった当時、ニッポン放送の「オールナイトニッポン」と文化放送の「セイヤング」が2大深夜番組だったようです。と言うのも、その頃は他の深夜番組を知りませんでした。
しかも残念な事に、そのころ私は信州の松本に暮らしていたため、唯一の民放ラジオであるニッポン放送系のSBC放送で「オールナイトニッポン」を聞くしかありませんでした。落合恵子や野沢那智の「セイヤング」を聞くには、ハングル語や中国語の攻撃を躱さなければならなかったからです。
まぁ、とにかく私は、ほとんど毎晩欠かさず国民的深夜放送の「オールナイトニッポン」を聞いていました。そうそう、この「オールナイトニッポン」という番組は1976年から始まったんです。ですから、私たちの聞き始めが、ほぼ最初の頃だったんですね。
当時のパーソナリティは
| 月曜 |
火曜 |
水曜 |
木曜 |
金曜 |
土曜 |
| 糸居五郎 |
斉藤安弘
(アンコー) |
高岡寮一郎 |
高島秀武
(秀ボー) |
今仁哲夫
(テッちゃん) |
亀渕昭信
(カメ) |
と、個性豊かな面々でした。*参考…http://www.allnightnippon.com/history/
あ〜らら、話が、少し音楽から離れてしまいましたね。けれどもこの「オールナイトニッポン」は、私たち同世代の共通の話題であり、共有物のようでもありました。そして、放送された話題や音楽は、秀才から凡才まで、また男性でも女性でも“思い出の肥”になっているのです。
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