2007年2月27日
諏訪城跡巡り
一昨日妻と巡ったばかりなのに、仕事で諏訪へ行く用事ができたので、帰りに大慌てで3城巡って来てしまいました。
【花岡城跡】
(ISO:64 f5.0 SS:1/200(マニュアル)
花岡城跡は岡谷市の釜口水門脇の山がそれで、主郭は比較的小ぶりながら、山全体に多くの郭が残っています。私の場合、一日飽きずに居られる城跡かも知れません。
水門から仰ぎ見ると、単体の山のように見えるため、山城と思ってしまいますが、登ってみると、なだらかな峰で繋がっているため平山城であることが解ります。
それにしても、この城跡は車で何度も訪れましたが、いつ来ても強烈な上り坂に冷汗している有様。もうそろそろ登城道を覚えろって(苦笑)。
*因みに花岡城跡の詳細はこちらに掲載してあります。
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投稿者 百 : 19:05 | 城・城郭 | コメント (0) | -
2007年2月25日
諏訪歴史巡り
妻と連立って、手近な歴史の里「諏訪」を巡ってみました。
【万治の石仏】
(ISO:200 f3.2 SS:1/2000(マニュアル)
何とも、イースター島のモアイ像を想わせる顔立ちと巨漢が、見る者に笑みを浮かべさせる不思議な石仏です。
案内板には「万治の石仏と伝説」として次のように書かれています。
「伝説によると諏訪大社下社(春宮)に石の大鳥居を造る時この石を材料にしようと、ノミを入れたところ傷口から血が流れ出したので、石工達は恐れをなし仕事をやめた(ノミの跡は現在でも残っている)その夜石工の夢枕に上原山(茅野市)に良い石材があると告げられ果たしてそこに良材を見つける事ができ鳥居は完成したというのである。石工達は、この石に阿弥陀如来をまつって記念とした。尚この地籍はこの石仏にちなんで古くから下諏訪町字石仏となっている。」
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2007年2月22日
旭城跡
朝日村の城跡は全て山城で、この旭城も例に漏れず山城なのです。ところが調べてみると、相当距離を歩かねばならず、今日は下見にだけ訪れました。
【旧家】
(ISO:200 f5.6 SS:1/1000(マニュアル)
朝日村には、わりあい多くの旧家が残っています。このお宅も見事な門といい、土塀といい、遥か昔の城主館か家老屋敷かとも思わせる威風堂々とした建物です。
近くの城跡案内板には「この城は古くは小笠原氏か三村氏の構築が考えられるが、後に武田勝頼の改修があったものと思われ、上条氏の居城であった。」とあります。
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投稿者 百 : 18:41 | 城・城郭 | コメント (0) | -
2007年2月13日
妙義山城跡
武居城に行ったんだから、同じ三村氏の居城「妙義山城にも行かねばっ!」って事になり、訪城して来ました。まぁこんな感じで、いつの間にやら城巡りにハマってしまうんでしょうね(苦笑)。
【釜井庵】
(ISO:64 f4 SS:1/640(マニュアル)
妙義山城主三村氏の山麓の居館(構え)として、16世紀初頭に造られ、その「かまえ」が「かまい」に変化して、現在ある釜井庵の語源に至ったと言います。
現在の建物は江戸後期のもので、桁行6間5尺・梁行3間2尺の農家茅葺き寄棟造り。当初は真言宗の庵として造られたもので、江戸末期には寺子屋としても使用されたそうです。
因みに城跡は、この釜井庵の裏にある石段を登り、道?なりに進むと15〜20分で到着します。
*妙義山城の詳細はこちらに掲載してあります。
投稿者 百 : 01:16 | 城・城郭 | コメント (0) | -
2007年2月12日
北熊井城跡
何で、有名な(地元で…です)北熊井城を差し置いて、南熊井城へ先に訪城したのか?…と聞かれれば「私は少々天の邪鬼なんです」と答えるしかないですかね。そんな訳で、北熊井城にも行ってみました。
【本郭と二の郭】
(ISO:64 f6.3 SS:1/50(マニュアル)
城跡は、塩尻の片丘地区北熊井の東西に細長い台地上にあり、現在、主郭と二の郭の間の堀切には、車1台が通れるほどの舗装路がされています。この堀切の西側(写真では右側)には社が建つ曲輪があり、ここが本郭と間違えられやすいのですが、じつはこの東側(写真では左側)の曲輪が本郭です。
*北熊井城の詳細ページはこちらにあります。
投稿者 百 : 22:32 | 城・城郭 | コメント (0) | -
2007年2月7日
武居城跡
この冬は暖冬で、農作業も慌てて行なわなければならない…というのに、この時機を逃すと薮に覆われてしまう城跡も多く、また何より、最近では頻繁に熊が出没するので、この時期が最も城跡巡りには適している…と言っても過言ではありません。
【模擬冠木門】
(ISO:64 f2.5 SS:1/160(マニュアル)
武居城跡は、東筑摩郡朝日村西洗馬地区の、地元の人に「城山」と親しまれている山の頂上部分にある、いわゆる典型的な山城です。
古く鎌倉末期に三村氏によって築城され、戦国末期に現在の形が完成。芦の田の妙義山城へ移るまで居城としたようです。
実戦が行なわれなかったからか、現在でも主郭をはじめ様々な郭や、珍しい横堀・竪堀の混在が見事に残った城郭遺構です。
*武居城の詳細、また、私の辛い訪城記録はこちら。
投稿者 百 : 21:44 | - | コメント (0) | -
2007年2月3日
舞鶴城
夜勤明け休日の妻を連れて甲府の舞鶴城に行って来ました。
NHKの大河ドラマ「風林火山」が始まり、甲府の街中は何処も彼処も信玄ブーム一色なのですが、ここ舞鶴城は信玄とは無関係…って事もあって、静かなものでした。
それでも、これだけ駅から近い広大な敷地を誇っている公園ですから、憩いに訪れた親子連れは勿論、信玄の城と間違えて来てしまった観光客とかもチラホラ?
公園内では、何人かボランティアの方が、甲府の歴史や城の歴史について説明していました。この辺りは、さすが信玄のお膝元…と感心しました。
【稲荷櫓】
(ISO:64 f8 SS:1/100(マニュアル)
甲府城には建造物遺構は皆無ですが、甲府駅方面から望むと、まず目を惹くのが石垣と土塀、そしてこの稲荷櫓です。
稲荷櫓は現在、甲府城内中唯一の櫓建造物で、江戸時代は武器庫として使われていたようですが、明治初年に甲府城が廃城となると取り壊されてしまい、市民の声に応えて復元されたものです。
*舞鶴城の詳細はこちらに掲載しました。
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投稿者 百 : 20:55 | 城・城郭 | コメント (0) | -
2007年2月1日
南熊井城跡
仕事の合間を縫って(疲れを癒しに…笑)、近所の南熊井城を訪れてみました。雪は残るものの、暖かい陽射しに包まれた南熊井城には、じつは私、初めての訪城なのでした。
【主郭の祠と空堀】
(ISO:64 f5.6 SS:1/250(マニュアル)
南熊井城は、もとは小笠原氏の支城として機能していたようですが、天文14年(1586)武田信玄の侵攻によって武田の属城となり、同19年(1591)の府中攻めの拠点の一つとして、同21年(1593)修築されたようです。
史料も乏しく、詳しいことは解っていません。こちらに南熊井城のページがありますので、宜しければご覧下さい。
投稿者 百 : 21:25 | 城・城郭 | コメント (0) | -