2007年4月20日

朝日・山形村の道祖神

 前回の「朝日村花巡り」時に撮影したものの、花とはあまり関係ない写真なので、一応分けて掲載することにいたしました。

 まず初めの写真は、朝日村西洗馬地区「上組の抱肩握手像」道祖神です。
 文政8年(1825)酉三月の刻字があり、今から180年あまり前のものです。高さは約89cm。
 どちらかと言うと…と言うより、思いっきり無表情で、どちらが女性で、どちらが男性なのか顔だけでは判断できないほどです。

投稿者 : 22:16 | その他

 2枚目の写真は、山形村上大池豆沢地区にある「筒井筒上大池」と呼ばれる双体道祖神です。
 寛政7年(1795)の刻字がありますので、今から210年以上前の作で、前に「山形村花巡り」の項で掲載した「筒井筒道祖神」と「筒井筒」と言った観点では同じ部類のものです。
 俯き加減の女神の表情が、何とも愛らしいですね。

投稿者 : 2007年5月2日 00:43

 3枚目の写真は、山形村上大池青木沢北にある「袖中祝言」と呼ばれる双体道祖神です。嘉永4年(1851)の作。
 杯を持ち、袖の中にお互いが手を入れているところから「袖中祝言」と呼ばれたのでしょうが、どうも、2人の表情を見ていると、祝言をあげているのは別人で、この2人は媒酌人か両親または鉄漿親(はね親)のような気がします。
 鉄漿親は、婚礼の披露宴で媒酌人の他に雛壇へ上がる夫婦のことで、この地方に古くからある「新郎又は新婦の親代わり」を意味します。

投稿者 : 2007年5月2日 01:07

 4枚目の写真は、山形村小坂下北沖にある「酒樽」と呼ばれる双体道祖神で、安曇系の跪座祝言像です。樽酒と呼ばれる所以は、もちろん台座に樽酒が彫刻されているからでしょう。嘉永2年(1849)の作。
 跪座祝言像とは、女神が跪座(けざ:弓道の控えの姿勢にみられる爪先を立てた正座)をした祝言の姿を彫刻したもので、安曇地方に多く見られるようです。
 また、大正12年に明らかになったところによると、道祖神石の向って左側側面を削り、全体を男根に見立て、夫婦和合の形としたそうです。
 ふ〜む、なるほど…って事は、一番上の「上組の抱肩握手像」も男根石をイメージしてるのでしょうね。きっと。

投稿者 : 2007年5月2日 01:30

 最後は、山形村上大池中耕地にある「大池の頭領」と呼ばれる双体道祖神です。嘉永5年(1852)の作。
 山形村のホームページ「山形村の道祖神」には『宮廷生活を思わせる貴族スタイルとは違った堂々たる威厳をそなえた道祖神である。男神は狩衣、女神が小袿(こうちぎ)であるが、共に括袴(くりばかま)をきりりと着け、いかにも農民の頭領らしい着付である。』とあります。
 その石の大きさといい、彫刻の力強さといい、この道祖神は見る者を圧倒します。

投稿者 : 2007年5月2日 01:49

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